大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所 昭和48年(ワ)173号 判決

原告 浅井正

被告 国 ほか四名

代理人 岸本隆男 山本忠範 松原武 月山兵衛

主文

一  被告国は、原告に対し、金八万円及びこれに対する昭和四八年一〇月四日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対するその余の請求並びに被告富山県、同書上、同山下及び同安田に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告国との間に生じたものはこれを一〇分し、その一を被告国の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告富山県、同書上、同山下及び同安田との間に生じたものは原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一〇月四日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮定的に担保を条件とする仮執行免脱宣言(被告国及び同富山県)。

第二本案前の主張

一  被告書上、同山下、同安田の本案前の抗弁

本件訴は、被告書上については検察官としての、被告山下及び同安田については警察官としての各職務行為に違法があつたとするものであるところ、国家賠償法一条一項によれば、公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、すべて国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任じ、公務員個人はその責を負わないものとされている。従つて、本件訴は、被告適格を欠く不適法なものであるから却下されるべきである。

二  本案前の抗弁に対する原告の答弁

争う。国家賠償法は決して公務員個人の民事上の責任を排斥したものではない。

第三本案の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、名古屋弁護士会所属の弁護士であつて、昭和四七年五月二二日、訴外日本カーバイド工業労働組合(以下「訴外労働組合」という。)の顧問弁護団の一員となり、昭和四八年一〇月一日、建造物侵入被疑事件の被疑者として富山県魚津警察署代用監獄に勾留中の右組合員訴外高森直行(以下単に「高森」という。)の依頼により同人の弁護人に選任された者である。

(二) 被告書上は当時富山地方検察庁検察官検事の、被告山下は富山県魚津警察署長警視の、被告安田は同警察署警備係長警部補の各職責にあつた者である。

2  事実の経過

(一) 魚津警察署は、昭和四八年九月三〇日午前六時三二分ころ、高森を別紙(一)記載の被疑事実により逮捕し、同署留置場に留置して取調を開始したが、同人は完全黙秘を続けた。そこで同署は、同人を富山地方検察庁魚津支部検察官に送致し、同支部検察官事務取扱副検事蔵行道(以下「蔵副検事」という。)は、同年一〇月一日、魚津簡易裁判所裁判官に勾留請求し、併せて接見禁止を求めたところ、同日いずれもこれが認められたので、同副検事は、魚津警察署に勾留の執行を指揮するとともに、法務大臣訓令事件事務規程二八条に則り高森及び魚津警察署長に対し、別紙(二)記載のとおりの接見等に関する指定書の謄本を交付した。ついで、同副検事は、事件を富山地方検察庁検察官に移送し、同庁においては、被告書上が主任検察官として捜査に当ることとなつた。

(二) 他方、原告は、高森が逮捕された同年九月三〇日午後九時四〇分ころ、名古屋市より魚津警察署に電話をかけ、被告安田に対し、自己の身分を明らかにしたうえ、高森の弁護人選任について打合せをなし、同年一〇月四日早朝、高森の接見に赴くため、名古屋市を出発して午前一一時六分魚津駅に到着し、同日午後零時四〇分ころ魚津警察署に赴き、被告安田に対し、高森との接見及び六法全書、週刊誌各一冊の授受の申入をした。

(三) 原告は、被告安田から、接見指定書持参の有無を尋ねられたので、持参していない旨答えたところ、同人は、「私の一存ではなんともならない。担当検事の指示を受けるのでしばらく待つてほしい。もつとも、高森は現在昼食をすませた直後であり、別に取調は行つていない。」と述べて別室に去り、被告書上に電話してその指示を求め、その後原告に対し、被告書上の指示としてつぎの二点を伝えた。

(1) 弁護人は、富山地方検察庁の被告書上に面会し、指定書の交付を受けて改めて接見に赴くこと。

(2) 小六法及び週刊誌の授受については、前記裁判所の接見禁止決定の解除決定を受けない限り、捜査官において受領することはできないこと。

(四) そこで、原告は、準抗告の法的手続をとり(富山地方裁判所昭和四八年(む)第一七八号事件)、右各処分取消の決定を得て、同日午後九時三五分ころより高森と接見し、その後富山駅発同月五日午前零時二分発、同日午前五時一四分名古屋駅着の列車で帰名した。

3  本件各処分の違法性

刑事訴訟法(以下、単に「法」という。)は、捜査のあるべき理想を、被疑者の基本的人権、とりわけ攻撃防禦権を十分尊重しつつ実体的真実の発見に努めるべき旨定めているにもかかわらず、実務においては、このような捜査観は疎んぜられ、捜査の実とは捜査官にとつて都合のよい内容をもつた自白を得ることであるとする考え方が根強く支配している。そして、そのような自白を得るために、捜査官憲は、手許に拘禁した被疑者とその弁護人との秘密交通を妨害して、被疑者を異常な心理状態に陥れようとする。本件は、捜査弁護活動の要である弁護人と被疑者との接見交通に対する妨害が、強度の違法性を伴つてなされた事例である。

(一) 蔵副検事の接見等禁止処分の違法性

蔵副検事は、前記のとおり昭和四八年一〇月一日、代用監獄魚津警察署留置場の長である被告山下及び被疑者高森に対し、前記接見等に関する指定書の謄本を交付することによつて、いわゆる一般的指定の方法による接見禁止処分(以下「蔵副検事の接見等禁止処分」という。)をなした。

右処分は、法三九条三項の指定に先立ち、一般的指定をなすことによつて法が保障した弁護人の自由交通権について例外と原則とをすりかえ、事実上一般的に接見拒否をなすもので違法不当な処分である。この一般的指定なる方式が違法であることは、昭和四三年七月から八月にかけて、東京地方裁判所で合計一一件の一般的指定処分取消決定が相次いで出された段階ですでに確定したものと評価されており、今日ではその違法性は明らかであるといつてよい。すなわち、一般的指定は、被疑者とその弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)との接見等については検察官が別に発する指定書において指定する日時、場所及び時間に限つて許容し、それ以外の日時、場所及び時間には許さない趣旨のものであつて、現実に一般的指定がなされると、監獄官吏は検察官が具体的指定をしない限り被疑者と弁護人等との接見交通を拒否し、具体的指定書を持参した者にだけ接見交通を許しているのであるから、一般的指定処分は被疑者の防禦の準備をする権利を不当に制限するものであつて、原則的接見の自由と例外的なその制限を逆にする違法な処分である。

以上要するに、蔵副検事の接見等禁止処分は、専ら捜査官側の便宜のために弁護人等に法律上根拠なき負担をかけて接見交通権の自由なる行使を妨げるものであり、それは名宛人は直接弁護人等ではないけれども、弁護人等の接見交通の自由の制限を意図した違法不当な処分である。

(二) 被告書上の接見禁止処分の違法性

被告書上は、前記のとおり昭和四八年一〇月四日、被告安田を介して、原告に対し、「富山地方検察庁で検察官より接見指定書を受け取り、これを持参して魚津警察署係官に交付しない限り、被疑者高森との接見を拒否する」旨の接見禁止処分(以下「被告書上の接見禁止処分」という。)をなした。

法三九条三項によれば、捜査官が指定権を行使できるのは、「捜査のため必要があるとき」に限定されているうえ、その指定は、「被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない」とされているところ、「捜査のため必要があるとき」とは、単に一般的抽象的に捜査に支障があるというだけでは足りず、現に被疑者を取調中であるなど具体的現実的な捜査の必要性を要するものと解すべきであり、またいかに捜査のため必要がある場合であつても、指定が被疑者の防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならないのである。従つて、捜査官は、指定権の行使をなそうとする場合には、捜査の必要性につきその具体的事情を吟味したうえ、捜査に対する支障が顕著な具体的理由があつてやむをえない場合に限りその指定権を行使すべきである。

本件の場合、原告が接見の申出をなした時点では、被疑者高森の直接の取調担当官である羽黒警部補はいまだ被疑者の取調に着手していなかつたのは勿論、当日これといつた特別の取調方法を計画していたわけでもなく、またさし迫つた取調事項をもつていたわけでもなかつた。そして、現実においても、当日高森は、終日取調を受けることなく代用監獄に勾留されていたのである。他方高森にとつて、原告との接見は当日が最初の接見であり、その重要性は明白なところであつた。従つて、本件については到底指定権を行使しうる場合ではなく、被告書上において、被告安田を介し、あるいは直接羽黒警部補から取調状況を聴き取る努力を惜しまなかつたならば、同被告は、指定権を行使しえない場合であることを容易に認識しえたはずであつた。

以上要するに、被告書上による接見禁止処分は、指定権行使を口実に右権限を濫用して原告の捜査弁護を妨害する意図をもつてなされた違法不当な処分であるが、仮にそうでないとしても、捜査官として払うべき注意義務を怠つた過失によりなされた違法不当な処分である。

(三) 被告書上からの物の授受禁止処分の違法性

被告書上は、前記のとおり昭和四八年一〇月四日、原告に対し、「原告から高森に対する小六法及び週刊現代各一冊の授受については、同人が接見禁止中なので、裁判所で解除決定を受けない限り許可できない。」旨の物の授受禁止処分をなし、被告山下及び同安田は同日、被告書上の右処分を理由として、右物の授受を禁止する旨の処分(以下以上の各処分を一括して「被告書上らの物の授受禁止処分」という。)をなした。

被告書上は、刑事訴訟法規に精通すべき検察官の立場にあつたにもかかわらず、法を誤解し、弁護人等と被疑者との書類及び物の授受について裁判所の解除決定を要するものと思い込み誤つた指示をなしたのであるから、右処分は過失に基づく違法な処分である。

被告安田は当時代用監獄魚津警察署の留置責任者に代つて職務を行う者の地位にあり(被疑者留置規則四条三項)、被告山下は被疑者の留置について全般の指揮監督に当る者の地位にあつた(同条一項)のであるから、被告書上の誤つた指揮に従うことなく法令に従いすみやかに物の授受手続をなすべきであつたのにこれを怠つた点において右被告両名の前記処分は違法である。

4  責任原因

(一) 被告書上、同山下、同安田

(1) 右被告らは、前記各違法な処分をなすについて、悪意又は重大な過失があつたから、それぞれ民法七〇九条により、原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(2) 憲法一七条は、市民的国家観の下に国家も等しく法の支配に服し司法的審査を受けるべきであるとの理想の下に国家賠償制度を保障したが、右制度は決して公務員個人の民事上の責任を排斥したものではない。職権濫用は加害公務員の被害者に対する害意に基づいて行われる場合が少なくないが、このような場合、公務員個人の賠償責任を求めることは自然であり、民衆の権利感情にそうものである。

右の解釈は、〈1〉公法関係の特色は職務行為を国又は公共団体の作用として考えるときに限られ、公務員の個人的行為として考えるときは、当然民事責任が成立すること、〈2〉民法では機関個人又は被用者自身の被害者に対する責任を認めており、公務員を特別扱いにする必要はないこと、〈3〉国家賠償法は、公務員の職権濫用に対して民衆による個別的監督作用を営むという側面を有しているので、公務員個人に対する直接の賠償請求を認める必要があり、国による求償権の行使が右の必要性を失わせるものではないこと等により根拠づけられる。

(二) 被告国

蔵副検事は富山地方検察庁魚津支部検察官事務取扱副検事として、被告書上は富山地方検察庁検事として、それぞれ国の公権力の行使に当つていた公務員であるところ、蔵副検事の接見等禁止処分並びに被告書上の接見禁止処分及び物の授受禁止処分はそれぞれその職務を行うにつきなされた不法行為というべきであるから、被告国は、国家賠償法一条一項により原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告富山県

被告山下は富山県魚津警察署長警視の、被告安田は同署警備係長警部補の各職責にある者であり、いずれも被告富山県の吏員として公権力の行使にあたつていた者であるところ、右両名の本件物の授受禁止処分はそれぞれの職務を行うにつきなされた不法行為というべきであるから、被告富山県は、国家賠償法一条一項により原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

5  損害

原告は、前記各違法行為により円滑な弁護活動を妨害され、これを回復するために準抗告申立の手続を余儀なくされるなど不要の手間を要し、その後の弁護士業務にも多大の支障をきたし、精神的に著しい苦痛を被つた。原告の被つた右精神的苦痛を慰謝するには少なくとも金一〇〇万円を要するものというべきである。

6  まとめ

よつて、原告は、被告ら各自に対し、金一〇〇万円及び本件損害の発生の日である昭和四八年一〇月四日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、(一)の事実、(二)のうち原告が昭和四八年一〇月四日午後零時四〇分ころ魚津警察署に来署し、被告安田に対し、高森との接見及び六法全書、週刊誌各一冊の授受の申入をした事実、(三)のうち被告安田が原告が接見指定書を持参していないことを確認したうえ被告書上に電話してその指示を求め、その後原告に対し、「弁護人は被告書上に面会し、指定書の交付を受けて改めて接見に赴くこと」との被告書上の指示を伝えた事実はいずれも認める。

3  同3ないし5は争う。

三  被告らの主張

1  事実の経過

(一) 原告は、昭和四八年一〇月四日午後零時四〇分ころ、魚津警察署に来署し、被告安田に対し、高森との接見及び六法全書、週刊誌各一冊の授受の申入をした。被告安田は、当該被疑事件につき接見等禁止決定がなされ、検察官から前記接見等に関する指定書の謄本の交付を受けていたため、原告に対し、接見指定書持参の有無を確めたところ、原告は、「接見指定書は必要がない。」旨述べて持参していないことを明らかにしたので、被告安田は、担当検察官である被告書上に電話して右申入のあつたことを連絡し、その指示を求めた。

(二) 被告書上は、これより先の同日午前中、富山地方検察庁において、逮捕以来高森の取調にあたつていた羽黒警部補から同事件の捜査経過と高森の取調状況について報告を受けるとともに、今後の方針について打合せを行つていたので、右電話連絡を受けた際、高森の取調は連日行われているが、完全黙秘の状態にあり、同人の属する訴外労働組合は連日支援のため魚津警察署付近において街頭活動を展開し気勢をあげている状況にあること、会社側関係者についても検察官としては一名を取調べたのみで、なお多数の取調が残つているなど捜査の進展ははかばかしくなく、今後多数の証拠を収集することが必要な段階にあつたこと、被告書上が今後の高森の取調方法等について羽黒警部補に示唆を与え、これを受けて同警部補が取調を行うため帰署していつたことを了知していた。そして、被告書上は、右電話応待の際、被告安田からすでに羽黒警部補が帰署しまもなく取調を開始しようとしている旨聴取した。

そこで、被告書上は、〈1〉取調方法等について打合せ種々示唆を与えた羽黒警部補がまさに取調をしようとしているのであるから、同警部補による取調をまず行わせ、その後に原告を接見させることが捜査の円滑な遂行という観点から当然とるべき措置であること、〈2〉捜査の進捗状況が前記のような状態にあつたので、警察官の取調を差し控えさせて原告との接見が行われれば、これにより高森の態度がますます強固となり、その後の取調にいよいよ手こずる可能性が大きいこと、〈3〉原告が持参した六法全書と週刊誌には連絡のための書き込み、符号があるやも知れず、その有無につき直接精査確認する必要があること等諸般の事情を総合勘案し、まず、羽黒警部補に取調を行わせ、原告には富山地方検察庁への来庁を求め、その際六法全書及び週刊誌をチエツクし、原告の指定日時に関する希望を聞いたうえ、他方で羽黒警部補の取調状況を確かめ、接見及び物の授受に関する指定書を交付しようと考えた。そこで、被告書上は、被告安田に対し、「接見と物の授受については指定書を交付して指定するから指定書を取りに来るよう弁護人に伝えてほしい。」旨を指示し、同被告は、午後零時五五分ころ、原告に対し、右趣旨を伝えたのである。

(三) ところが、原告は、被告安田が被告書上から本当に右指示を得たのかどうか疑う発言をしたので、「疑うのなら直接検察官に電話してはどうか。」と勧めたところ、原告はこれには応ずることなく、同被告に対し、「検察官の指示内容を文書にして交付せよ。」と要求したが、同被告が被告山下の指揮を受けてこれを拒否すると、原告は、立腹して午後一時八分ころ退署した。

2  本件各処分の適法性

(一) 法三九条三項の解釈

法三九条三項によれば、検察官、検察事務官、司法警察職員(以下「検察官等」という。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、弁護人等との接見に関し、その日時、場所及び時間等を指定することができるのであるが、右規定の「捜査のため必要があるとき」とは、被疑者を現実に取り調べていると否とにかかわらず、事案の性質によつて、証拠隠滅の蓋然性がある場合等捜査全般の必要性から判断すべきものと解すべきである。

右の法律解釈は、〈1〉法においては、捜査と取調は別義に使用されていること(法一九七条、一九八条、二二三条等)、〈2〉法三九条二項によると、法は被疑者が立会人なくして弁護人等と接見又は物の授受をすることにより証拠隠滅がなされることを予想していること、〈3〉法における逮捕勾留の要件の一つに罪証隠滅のおそれがあげられていること、〈4〉法三九条三項但書はそのように解さねば無意味な規定になること、〈5〉物証に乏しく共犯者相互間の供述が証拠の中心となる贈収賄、公職選挙法違反事件、背後関係が問題となる組織暴力団の犯罪、会社犯罪、公安労働事件等では身柄を隔離して取り調べる必要性が高く、このように解さないとこの種の犯罪の捜査が不可能となること等により根拠づけられる。

(二) 指定の方法・方式について

いわゆる接見についての一般的指定とは、検察官等が、被疑者と弁護人等との接見について、具体的指定権の行使を円滑かつ確実に行うため、当該被疑事件について具体的指定をする意思であることをあらかじめ監獄の長や被疑者に通知する意思表示をいう。弁護人等は、通常接見の申出を監獄の長になすのであるが、監獄の長としては、当該事件についてはたして検察官等が具体的指定をするのか否かを知る由もないのであるから、その都度検察官等との連絡を余儀なくされる。そこで、検察官等があらかじめ一般的指定をなしておけば、監獄の長及び弁護人等の無用の混乱及び手続を避け、円滑な具体的指定をなしうることとなる。従つて、一般的指定は、それ自体なんら接見の制限を目的として行うものではなく、検察官等が当該事件については接見につき例外的に指定権を行使する意思を有している旨関係者に予告することにより、指定権の行使及びその結果に基づく被疑者との接見を円滑かつ確実に行わしめるための事前の準備行為というべきである。

具体的指定とは、検察官等が弁護人等と被疑者との接見の日時、場所及び時間を具体的に指定する処分をいうが、その方式については法及び刑事訴訟規則(以下単に「規則」という。)に何らの規定もない。実務上の運用としては、通常は書面で行われるため、弁護人等は、この書面を指定権者のもとまで受け取りに赴いてその交付を受けたうえ、被疑者の在監する監獄にまで持参して係員に呈示するという時間的経済的負担を負うことになるが、具体的指定を書面でなすことについては、〈1〉具体的指定は準抗告が許される処分であるから、接見の内容を明確にして過誤を防止するとともに不服申立の対象を明らかにする必要があること、〈2〉監獄の長に対し、接見する者の特定、接見の日時及び時間的限界を明確にするなど職務執行を容易ならしめる必要があること、〈3〉指定権者が申立人と直接面談してその接見資格を確認できること等その必要性が存するから、右程度の負担は弁護人等において受忍すべきものである。

一般に書類若しくは物の授受は弁護人等がみずからの意思で弁護活動の一端としてこれをなすこともあるが、被疑者の家族らの依頼によりこれをなすことも多く、このような場合には、弁護人等の不知に乗じて依頼者が書類若しくは物の授受を証拠隠滅のための一手段として悪用するおそれもあるから、書類若しくは物の授受は、たとえ弁護人等によつてなされるものであつても、弁護人等の接見とはその本質を全く異にする一面をもつ。法規自体もこの差異を前提として接見と書類若しくは物の授受について異つた取扱を是認している(規則三〇条)。検察官等は、捜査全般の立場から法三九条三項の指定をなしうることは前記のとおりであるから、書類若しくは物の授受の指定に際しても、その指定権の内容を適切に行使するため、当該目的物の内容を事前に点検しうることは自明のことというべきである。

(三) 蔵副検事の一般的指定について

高森の被疑事実は、別紙(一)記載のとおり同人を含む六〇名位の多衆によつて敢行された集団犯罪であつて、先に公判請求のあつた訴外宇佐美伸一にかかる傷害被告事件の被害者水野保清に対し、謝罪、告訴取消などを強要するために敢行された刑事裁判の証人に向けた組織的計画的犯行である疑いが極めて強く、送致された建造物侵入・強要のほかに監禁、証人威迫、傷害等の成立が予想されたが、右六〇名のほとんどの者の氏名すら判明しておらず、その背景、動機、計画準備、謀議、共犯関係、犯意の発生等について捜査をすべき必要があつたのであるが、証拠としては会社側目撃参考人及び被害者の警察官に対する供述調書が存在するのみであつた。そして、高森は、逮捕以来一貫して黙秘していたうえ、右集団犯罪に加わつた組合側の者は捜査には全く非協力的ですべて取調が未了であつた。蔵副検事は、このような場合には、たとえ弁護人に悪意がないとしても、被疑者の本件についての考え、供述態度が外部の者に伝わり、その結果証拠隠滅につながるおそれがあると判断し、具体的指定をなすべき事件として一般的指定書の交付をなしたものであるから、右指定にはなんらの違法性もない。

(四) 被告書上の行為について

被告書上が被告安田に対してなした指示内容及びその際に接見又は物の授受に関し具体的指定をなす必要性のあつたことは、前記のとおりである。しかも、本件の場合は、検察官において授受すべき物の内容を点検すべき必要性があつたのであるから、そのためにも検察官のもとまで来庁を求める合理的必要性があつたのである。従つて、右被告書上の行為にはなんら違法性はない。むしろ、本件における弁護人である原告の行動には不可解な点が多い。原告としては、被告書上が本件の主任検事であることを知つていたのであるから、事前に同人と電話連絡をとつておくべきであり、また前記のとおり被告安田が被告書上との電話連絡をとれるよう便宜を図つたのであるから、それに応じて同被告との間で直接意見調整をなすべきであつたのに、これを怠つた。このように一貫して、主任検察官である被告書上に対し、全く交渉の要はないとする原告の態度は、まことに不可解というほかはない。

(五) 被告山下、同安田の行為について

そもそも、司法警察員が検察官に事件を送致した後は、接見等の指定権限はすべて検察官に移るのであるから、被告書上が違法な物の授受禁止処分をしたものではないことはいうまでもないが、仮にそうでないとしても、単に検察官の指示内容を弁護人に伝達しただけにすぎない右被告両名の行為にはなんら違法性はない。

3  被告書上の無過失

ある事項に関する法律解釈について疑義があり異なる見解が対立していてそのいずれの見解をとつても一応論拠の認められるような場合には、公務員がその一方の見解による解釈に立脚して公務を執行し、後にその公務の執行が違法と判断されたからといつて、直ちに過失があるものとはいえない。

本件は、前記のとおり、外部に共犯者のいることが確実で、しかも被疑者が完全黙秘を続けており証拠隠滅のおそれが極めて大きな事案であつたところ、当時法三九条三項にいう「捜査のため必要があるとき」の解釈については罪証隠滅を含めて捜査全般の必要性から捜査官の裁量的判断により接見又は物の授受に関しその日時等の指定をなしうるという有力な学説及び判例が存在していたのであるから、右見解と同一の法解釈にたつてなした被告書上の本件各行為には、たとえそれが違法なものであつたとしても過失はない。

4  公務員の個人責任について

国家賠償請求事件において、公務員個人は故意ある場合を含めて不法行為責任を負わないことについては、被告書上、同山下、同安田が本案前の抗弁として述べたとおりである。

5  損害について

一般に法曹は弁護士に限らず多忙であつて検察官もその例外ではないが、とりわけ身柄事件を担当した場合は限られた時間内に事件を処理しなければならないため、検察官としては弁護人と被疑者との接見交通権を尊重しつつも関係法規で認められたあらゆる権限を適正に行使し事案の真相を究明すべき義務を負う。従つて、このような場合、弁護人及び検察官の双方が職務に熱心であればあるほど両者の意見が対立する可能性は高く、この対立が両者間の協議で解消しないときは、準抗告裁判所の判断により妥当な解決を図るとするのが法の建前である。本件においては、原告は準抗告の申立をなし、その裁判の結果所期の目的を達しているのであるから、右法的手続に随伴する諸負担は弁護人としては当然受忍すべき性質のものである。また原告を含めた高森の弁護人(野村弁護士及び仙石弁護士)は、別紙(三)の接見状況一覧表記載のとおり高森と接見しており、高森の接見交通権は実質的に十分行使されていたというべきである。従つて、仮に本件各処分が違法であつたとしても、弁護人である原告にはなんらの損害も発生していないというべきである。

第四証拠 <略>

理由

第一本案前の主張に対する判断

国家賠償法一条によれば、公権力の行使にあたる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであつて、公務員個人はその責を負わないものと解すべきところ、それは実体法上責任を負わないというにとどまるものというべきであるから、本件訴が被告適格を欠く不適法なものであるとする被告書上、同山下及び同安田の主張は理由がない。

第二本案についての判断

一  当事者

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  事実の経過

請求原因2の(一)の事実、同(二)のうち原告が昭和四八年一〇月四日午後零時四〇分ころ魚津警察署に来署し、被告安田に対し、高森との接見及び六法全書、週刊誌各一冊の授受の申入をした事実、同(三)のうち被告安田が、原告が接見指定書を持参していないことを確認したうえ被告書上に電話してその指示を求め、その後原告に対し、「弁護人は被告書上に面会し指定書の交付を受けて改めて接見に赴くこと」との被告書上の指示を伝えた事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右事実に<証拠略>を総合すれば次の事実が認められ、<証拠略>のうちこの認定に反する部分は措信できないし、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  昭和四八年九月三〇日午前六時三二分ころ、高森は別紙(一)記載の被疑事実により逮捕され、魚津警察署留置場に留置されたが、取調に対しては当初より完全黙秘を続けた。

2  同年一〇月一日、右事件は、身柄とも富山地方検察庁魚津支部検察官に送致され、同支部検察官事務取扱の蔵副検事は、同日魚津簡易裁判所裁判官に高森の勾留請求をし、併せて接見禁止決定を求めたところ、いずれもこれが認められ、高森は魚津警察署代用監獄に勾留された。そして、蔵副検事は、高森及び魚津警察署長に対し、別紙(二)記載のとおりの接見等に関する指定書(いわゆる一般的指定書)の謄本を交付し、ついで、右事件を富山地方検察庁検察官に移送したところ、同庁においては、被告書上が主任検察官として右事件の捜査を担当することになつた。

3  原告は、名古屋市内に事務所を有する弁護士であるが、同月四日早朝、高森の弁護人として同人に接見すべく魚津市に向い、午後零時四〇分ころ魚津警察署において、被告安田に対し、接見及び物(小六法、週刊誌各一冊)の授受の申入をなした。原告は、被告安田としばらく雑談した後、接見の準備ができたかどうか尋ねたところ、同被告は、接見指定書持参の有無を尋ねた。そこで、原告は、高森が取調中でないことを確認したうえで、指定書は持参していないが取調中でなければ接見させるようにと再度申し入れたところ、被告安田は、「私の一存ではなんともならないので検事さんに聞いてみる。」と述べて別室に去つた。

4  被告安田は、別室において被告書上に電話し、右状況を説明して指示を求めたところ、同被告は、被告安田に対し、「接見の指定は指定書を交付してなすことになつているから、指定書を取りに来るように伝えて欲しい。物の差し入れについては、今受け取る必要がないが、弁護人が納得しない場合には、裁判所の接見等禁止決定の取消決定が必要である。ともかく指定書を取りに来るよう伝えて欲しい。」旨指示した。そこで、同被告は、原告に対し、被告書上の指示として、〈1〉富山地方検察庁の被告書上から指定書の交付を受け、これを持参しない限り接見をさせるわけにはいかない、〈2〉物の差し入れについては、裁判所の接見禁止決定の解除決定を受けない限り受領できない旨伝えた。

5  これに対し原告は、被告安田に対し、物の授受については弁護人が申入をなしているのであるから、裁判所の解除決定のない限りこれを許さないとするのは、法の誤解であつて不当である旨、接見指定書の持参要求については、魚津警察署から富山地方検察庁までは往復二時間以上もかかるのであるから、現に取調を行つていないのであれば指定書なしで会わせるべきである旨再度申し入れたが、被告安田は、検察官の指示であるから会わせるわけにはいかない、検察官が右指示をなしたことは電話で確認してもらつてもよいと述べるのみであつた。そこで、原告は、同被告に対し、検察官の指示を一筆書面に記載するよう求め、同被告もこれに応じ、いつたんは前記4の〈1〉、〈2〉と同趣旨のことを書面に記載したが、被告山下の指示によつて右書面の交付を拒絶した。その後押問答が続いたが、結局原告は、同日午後一時すぎころ、準抗告の手続をとるべく、右指示を被告安田に確認したうえで、魚津警察署を退去した。

6  原告は、同日午後四時ころ、被告書上らの右各処分に対し、富山地方裁判所に準抗告を申し立て、午後八時すぎころ、蔵副検事の別紙(二)記載の指定処分及び被告書上の前記4の〈1〉、〈2〉の各処分の取消決定をえて、その結果、午後九時三五分ころから約二五分間、魚津警察署おいて高森に接見し、かつ、小六法と週刊誌一冊の授受をなした。

7  ところで、原告が高森との接見等の申入をなした際、魚津警察署においては、昼すぎから同人の取調が予定されていたというのみで取調中ではなかつた。同人は、逮捕以来完全黙秘を続けていたので、捜査機関としては、その供述をうるべく腐心していたが、そのような状態であつたから当日その時間帯に取調をなすべき特段の必要性はなかつた。かえつて、取調担当官である羽黒警部補は、やがて原告が、指定書を持参して再び接見に来ることを予想して、取調の中断は好ましくないとの判断のもとに高森の取調を見合わせて待機し、結局全日取調を行わなかつた。

三  責任原因

1  法三九条三項の解釈

(一) 法三九条は、一項において、身体の拘束を受けている被疑者は、弁護人等と立会人なしに接見し書類や物の授受をなしうる旨、いわゆる接見交通の自由を定め、三項において、捜査のため必要があるときは、検察官等は、接見及び書類又は物の授受につき、その日時、場所及び時間を指定できる旨例外的な措置を定めている。しかしながら、この接見交通権は憲法三四条に由来するもので、被疑者にとつては刑事手続上最も重要な基本的権利の一つであり、弁護人にとつても最も重要な固有権の一つであるから、検察官等による右の指定及びそれに伴う一時的な接見等の拒絶はあくまで必要やむをえない場合の例外的措置として、例えば、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合に限つて、許されるものと解するのが相当である。

(二) ところで、検察官等がある特定の事件につき、「捜査のため必要があるので、弁護人等との接見等につき、その日時等を別に発すべき指定書のとおり指定する。」旨の指定を事前になしておくいわゆる一般的指定は、その指定が文書をもつてなされると電話連絡をもつてなされるとを問わず、法三九条三項の定める指定の要件を個別的に吟味することなく、弁護人等に事前に一律に別に発すべき指定書(いわゆる具体的指定書)の持参を要求し、かつ、これを持参しない限り原則として接見等が拒絶されるという結果を来す点において、接見交通自由の原則を覆すものであり、違法である。

確かに、検察官等において、具体的指定の予想される特定の事件について、監獄官吏に対し、弁護人等から接見等の申入を受けた場合には具体的指定をなすか否かを問合わせるべき旨事前に連絡しておくことは、そのことによつて検察官等が具体的指定をなす機会を確保し、かつ、それ以外の事件については自由な接見を保証するという点で意義を認めることができる。しかしながら、前記のような接見交通権の重要性に鑑みると、右の事前連絡は、それがあるといつて監獄官吏において具体的指定のないことを理由に接見等を拒絶できるという形式、内容、効果を有するものであつてはならない。それはあくまで事前の連絡であり、監獄官吏が検察官等に連絡をとり、具体的指定をなすか否かを確認するまでの必要最少限の時間に限り、弁護人等に対し、一時的待機を要求しうるにとどまるものと解される。いわゆる一般的指定は右の事前連絡とは全く異なる形式、目的及び効果をもつものであるから、右のような事前連絡の必要性をもつて一般的指定を正当化するものではない。

(三) 検察官等は、弁護人等から接見等の申入を受けた場合には、前記のとおり必要やむを得ない場合に限つて例外的に具体的指定をなしうるのであるが、その場合この指定をすみやかになさねばならない。そこで、円滑、確実かつ迅速な接見交通を確保するために、その指定を書面ですべきか否か、またその伝達方法をどうするかなど指定の方式が問題となるが、法はこの点につき何ら定めるところがない。指定の方式につき、これを書面でなすことは手続的明確性を確保し、不服申立の際にも便宜であるとの利点があるが、反面書面によるときは、その作成伝達等に時間を要し、迅速な接見交通を害するおそれがあるという欠点がある。右の点に鑑みると、法は一律に指定の方式を定めることなくこれを検察官等の合理的裁量に委ねているものと解される。すなわち、検察官等としては、迅速かつ円滑な接見交通を害さない限度で、原則として書面による指定(具体的指定書による指定)をなすことが許されるものというべきであるが、書面によることで無用の時間と手続を要する場合には、電話など口頭による指定をなすとか、具体的指定書の事後的追完を認める等適宜の方法によりこれをなすべきものと解する。

(四) 書類若しくは物の授受についても、以上で述べた解釈は原則として妥当するものと考えられるが、ただ、被疑者の取調等捜査の中断による支障の顕著な場合であつても、書類若しくは物の授受については、とりあえず受付だけはすませたうえ、取調等の終了後にこれを被疑者に引き渡すことを弁護人等に了解を求めるという運用によりその指定の目的を達することができるから、現実に書類若しくは物の授受の受付を一時拒絶すべき場合は、およそ考え難いというべきである。

2  本件各処分の違法性

そこで、以上において認定した事実関係及び法解釈を前提として、本件各処分の違法性について検討する。

(一) 蔵副検事の接見等禁止処分

これは典型的ないわゆる一般的指定処分であるから前記認定のとおり違法なものである。

(二) 被告書上の接見禁止処分

前記のとおり、原告が接見等を申し入れた際、被告安田は、右一般的指定処分に従つて具体的指定書の持参を要求したものの、再度申入を受けるや、主任検察官である被告書上にその指示を求めたものであるから、被告安田の右行為は、一般指定処分を運用において前記事前連絡とほぼ同様に取り扱つたものというべく、適切な応待であると認めることができる。しかるに、被告書上は、具体的指定をなしうる場合であるか否かを十分検討することなく、しかも、現実には、原告から申入のあつた際ただちに接見させ、その後取調を行つた方が被疑者の取調としては効率的で望ましい状況にあり、およそ捜査の中断による支障が顕著な場合ではなかつたにもかかわらず、原告において富山地方検察庁に出向き、具体的指定書の交付を受け、これを持参しない限り接見等を許さない旨の処分をなしたのであるから、同被告の右接見等禁止処分は違法なものである。さらに、仮に被告らが主張するように、本件が指定権を行使しうる場合であつたとしても、魚津警察署から富山地方検察庁までは往復二時間以上かかる距離的関係にあつたのであるから、このような場合は、原告の接見交通を害さないようただちに電話による指定をなすべきであるから、右処分はこの点においても違法である。

(三) 被告書上らの物の授受禁止処分

前記認定のとおり被告書上は、小六法等の授受について、被告安田に対し、「今受け取る必要はない。弁護人が納得しない場合には裁判所の接見等禁止決定の取消決定が必要である。ともかく指定書を取りに来るように伝えて欲しい。」旨指示し、同被告は、原告に対し、小六法等の差し入れについては裁判所の接見等禁止決定の取消決定を受けない限り受領できない旨伝え、その受領を拒絶した。

被告書上の指示がいかなる内容の指示であるかは右の言葉から必ずしも明らかではない。物の授受については接見等禁止決定のある限り、弁護人も一般人と同様その取消決定のない以上物の授受はなしえないとの趣旨であつたとすれば、これは明らかに著しい法の誤解であり違法な処分である。この点について被告書上は、物の授受についても法三九条三項の指定をなす意向だつたが、原告がこれに不満で一般人の資格で授受をなすのであれば、右取消決定が必要であるとの趣旨を述べたものである旨供述するが、仮に右指示の内容が右供述のとおりであつたとしても、前記のとおり、本件はそもそも具体的指定をなしうる場合ではなかつたのであるから、少なくともその点で右処分は違法である。

被告安田は右被告書上の違法な指示に従い物の授受を拒絶したのであるから、右行為もまた違法というほかはない。

しかしながら、被告山下については、被告安田に対し、被告書上の前記指示を記載した書面を原告に交付しないようにとの指示をなしたことはあるが、右物の授受拒絶の処分をなしたものと認めるに足りる証拠はない。

3  被告らの故意・過失

(一) 法三九条三項についての当時の学説・裁判例の状況

昭和四八年一〇月当時、ごく一部の裁判例、学説を除き、裁判例及び学説上、法三九条三項について前記1の(一)ないし(四)記載の法解釈が確立していた。

(二) 蔵副検事について

右のとおり、当時いわゆる一般的指定処分が違法なものであつて許されないものであることは学説及び裁判例として確立していたのであるから、仮に蔵副検事がこれと異なる法解釈に立つて本件接見禁止処分をなしたものであるとしても、同副検事の右行為には少なくとも過失があつたものというべきである。

(三) 被告書上について

被告書上の本件行為は、結局のところ、具体的指定書を持参しない限り接見等を許さない旨の処分であつて一般的指定処分と異ならないものであつたから、右(二)で述べたと同一の理由で、同人の本件行為には少なくとも過失があつたものというべきである。

(四) 被告安田について

監獄(代用監獄を含む。)官吏は、弁護人等から接見等の申入のあつた場合は、監獄法等関係法規に従つて独自の権限でこれを処置しなければならない。ただ、前記の検察官からの事前連絡がある事件については、具体的指定をなすか否かを問合せ、具体的指示のあつた場合にはこれに従つて一時接見等を拒絶したり接見を許したりしなければならないものと解される。しかしながら、監獄官吏としては、右の限度で検察官等の指示に従う義務を負うのみで、全面的にその指揮監督に服するものではないから、検察官等が明らかに違法な指示をなした場合等はこれに従うことなく、独自の権限で接見等を許さなければならないものと解される。

これを本件についてみるに、被告安田は、当時代用監獄魚津警察署の留置責任者に代つて職務を行う者の地位にあるとともに、高森の前記被疑事件につき、被告書上の具体的指揮に従つて捜査にあたつていた者であるところ、右のとおり監獄官吏としては違法な指示に従うことなく前記小六法等の差し入れを許可すべきではあつたが、捜査官としては捜査全般につき検察官の指揮に従うべき立場にあつたこと、問題の解決には高度の法律知識を要すること等を勘案すると、当時としては、検察官である被告書上の指示に従うことなくこれと反対の行動にでることを被告安田に期待しえなかつたものというべきであるから、同被告の本件処分には過失はなかつたものというべきである。

4  被告らの責任

(一) 被告国

前記のとおり、蔵副検事は富山地方検察庁魚津支部検察官事務取扱副検事として、被告書上は富山地方検察庁検察官検事としてそれぞれ公権力の行使にあたつていた公務員であるところ、蔵副検事の接見等禁止処分並びに被告書上の接見等禁止処分及び物の授受禁止処分は、いずれもその職務を行うにつきなされた不法行為というべきであるから、被告国は、国家賠償法一条一項により、原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告書上

国家賠償法一条一項によれば、公権力の行使にあたる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任じ、公務員個人はその責を負わないものと解すべきであるから、本件においても、被告書上個人は損害賠償の責を負わないものというべきである。

(三) 被告富山県、同安田、同山下

前記のとおり、被告山下及び同安田の行為は不法行為と認められないから、いずれも損害賠償の責を負うものではなく、従つて、被告富山県もまた損害賠償の責を負わない。

四  損害

以上のとおり原告は、蔵副検事及び被告書上の前記違法行為により不当に接見交通を妨害され、それに伴い精神的苦痛を被つたことが認められるところ、右精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、前記接見交通権の重要性、接見等が遅延した時間、経緯等諸般の事情を総合勘案すると金八万円が相当であると認める。

五  結論

以上の事実によれば、本訴請求は、原告が被告国に対し、金八万円及びこれに対する昭和四八年一〇月四日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告の被告国に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお、担保を条件とする仮執行免脱の宣言については、相当でないからこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大須賀欣一 福井欣也 杉森研二)

別紙(一)、(二)、(三) <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例